路曼堂

挑戦的萌芽研究 中国古典文学における異文化イメージの形成

異文化プロジェクトの研究成果

2009年度

 研究成果の概要

 本研究は先秦両漢文学における異文化イメージの研究を、伝世資料のみならず近年発見の相次ぐ出土資料も考慮に入れながら、総合的な視野から行うことによって、中国文学におけるエキゾチシズムの淵源を解明することを目的とするものであり、1.「中国の内なる異景」としての楚のイメージがいかにして形成されてきたか 2.『楚辞』に代表される「楚歌」が、南方エキゾチシズムを象徴する詩歌形式となっていく過程 の二点を明らかにすることを目標とする。

 研究初年度の本年は、大型叢書の購入をはじめとする環境整備に努めるとともに、一部の研究に着手した。本年度に購入した大型叢書の主なものは次の通り。(1)『歴代禹貢文献集成』(西安地図出版社):エキゾチシズムの淵源となりうる地理観・世界観を解明する基本文献の一つである。(2)『賦海大観』(北京図書館出版社):辞賦文学は辺遠や異国の珍しい風物への憧憬が強くうかがえるものであり、歴代辞賦の総集である本叢書は有用なものである。

 また本年度着手した研究は、

  1.  『楚辞』において特徴的な題材である「忠言を容れられぬ主人公の彷徨」の特質を探り、これが中原から見た楚のイメージにどう影響したかの足がかりをつかむ(口頭にて発表済)。
  2.  地理書的内容を持つ伝漢代作の小説『神異経』『海内十洲記』に関して、戦国期の空想的地理書『山海経』から、文体が著しく異なる両者へ、さらにその後の志怪小説へどのような過程を経て変容したかを解明する。
  3.  先秦期の史書や思想書に多く引用される「歌」「詩」の内容や形式に注目し、「楚歌」がどのように形成されてきたのかを解明する。

の3点である。次年度にはこれらのうち後二者について論文もしくは口頭発表の形でまとめるとともに、楚文化を中原に伝えるのに重要な役割を果たしたと考えられる『淮南子』の精査にも着手する予定である。

 研究成果

2010年度

 研究成果の概要

 今年度は昨年度に着手した研究をさらに推進し、次のような成果を得られた。

  1.  『楚辞』において特徴的な題材である「忠言を容れられぬ主人公の彷徨」の特質について昨年度行った口頭発表を論文として発表した。その過程において、『楚辞』作品自体で南方の風土や風物をことさら強調する描写は「橘頌」を除いてほとんど見られないことから、「南方」意識は必ずしも『楚辞』の本質ではないことに気づくに至った。この問題に関しては23年度中に口頭で発表する予定である。
  2.  地理書的内容を持つ伝漢代作の小説『海内十洲記』は、戦国期の空想的地理書『山海経』と同様に辺遠の神話的世界が描かれるが、その文体はむしろ漢代の辞賦のスタイルを借りて、仙道にのめり込んで失敗した武帝の物語に換骨奪胎したといえるものであることを明らかにし、口頭で発表した。
  3.  諸書に引用されて残っている、先秦期の「歌」とされる作品の中には、『史記』に引用された伯夷の歌のように、中原の人物の歌でありながら『楚辞』と形式が近いだけではなく、内容も君主に容れられぬ忠臣が己の節操に殉ずるという共通点が見られるものがあり、中原の歌と南方の『楚辞』との距離は従来思われていたほど遠くはないことを明らかにし、口頭で発表した。

 以上の3点の成果から、中国古典における南方エキゾチシズムの淵源は『楚辞』そのものにあるのではなく、漢代以降の辞賦文学や神仙思想の流行が『楚辞』にエキゾチシズムを見出だす要因になったのではないかという見通しが得られた。23年度には漢代から六朝にかけての詩歌・辞賦文学や志怪小説を精査することにより、『楚辞』や楚歌に対する意識の変容の過程を探り、本研究を完結させる予定である。

 研究成果

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